だいじょうぶッ! - Natasha Kogan著 宮崎伸治訳
第1回 はじめに−わたしが本書を書いたわけ
数年前、わたしは夫と2人で出版社を立ち上げた。
2人とも若く、出版に関してはずぶの素人で、開業資金もたいしてなかった。しかし、わたしたちには、シリーズ本のアイデアがあった。本が大好きで、まったくの世間知らずだったから、始められたところもある。
わたしたちが、できたての出版社を育てていたときのことだ。ある友人から、出版事業を立ち上げるために全財産を費やし、営業費もないのに大手出版社と競うことは怖くないかと尋ねられた。わたしは怖くないと答えた。
もちろん、それはウソだった。実際、購入予定の家の頭金がすべてなくなることや、すべてが中途半端に終わることまですべてが死ぬほど怖かった。
そこで、出版社を立ち上げるメリットとデメリットを書き出してみた。
知識もない。資金もない。勇気もない。毎年7万冊もの本が出ているのに売れているのはほんのわずか……。メリットよりデメリットのほうが多かった。
しかし、それでもわたしは自分の会社を立ち上げるという夢を追いかけた(夫が喜んで手伝ってくれたことは幸いであった)。
実現不可能に思えることに対して、できない理由は山ほど思いつく。しかし、リスクを冒さなければ、何が残るだろうか。
「もしもやっていれば」「できたかもしれない」「すべきだった」という思いが残るだけである。
そんなのはまっぴらだ。そう思ったわたしは、思い切って出版社を立ち上げることにしたのだ。
わたしは、出版事業で成功したことについて1冊の本を書くことができる。そのための努力や失敗についてならさらに厚い本を書くことができる。しかし、そんなことは関係ない。もっとも重要なのは、わたしが1日1日、自分の会社を経営するという目標を追いかけたことであり、以前より自分のことが勇敢に感じられるようになったことだ。それは大変なことだった。疲れ果て、フラストレーションがたまり、もう耐えられないと思う日々が何日も続いた。しかしそれだけの価値があったと思っている。
会社を立ち上げてみて気づいたことがある。
それは自分が人生を楽しくするためなら進んでリスクを冒す人間だということだった。わたしは自分が順風満帆な人生を歩んでいると感じたら、リスクを冒し、目新しいことをやる。それは勇気の第1ステップであり、もっとも楽しく、充実した人生を送るために必要な最重要ステップである。
本当に生きるためには、勇気を出して何かをしなければならない。
それぞれの挑戦が最終的に何につながるのか、正確には分からない。しかし、いったん自分に挑戦を課したら、戻ることはできない。
とはいえ、その挑戦に成功するか否かはそれほど重要ではない。なぜなら、たとえ失敗しても、挑戦したことで勇気が湧いてくるし、新しいことが学べ、自信がみなぎってくるからだ。
わたしはこの本を書こうと思っていたとき、自分が達成してきたことを書き出してみた。すると、そのいずれもが自分に対する挑戦から始まっていることが分かった。
【挑戦1 訛りを直すには歳を取りすぎている】
わたしは14歳のとき、家族とともにロシアから米国に移住した。
わたしの話す英語は通じず、ショックを受けた。しばらくの間、米国では生きていけないと思っていたものだが、それでも少なくともなんとかしようと思った。
まず、ロシアで何年か勉強した以上に英語をうまく話せるようになろうと思った。どうしてもアメリカ人の同級生のように話したかった。みんなから、よく「14歳から訛りを完全に直すのは難しい」と言われたが、気にせずにがんばった。
わたしは学校から帰るやいなやテレビをつけ、聞こえてきた音をマネし、辞書で単語を調べ、覚えにくい言葉を書き出して練習した。何時間もよく繰り返したものである。わたしは、アメリカ人並に英語が話せるようにありとあらゆる努力を払った。それには数年がかかった。恥ずかしいミスをおかし続けた数年であった。何度も失望しかけたが、今のわたしの発音を聞けば、普通のニューヨーカー、しかも、ニューヨーク訛りのないニューヨーカーだと思うはずだ。
【挑戦2 無名大学出身者はお断り】
わたしは、大学卒業後、ニューヨークの某有名コンサルティング会社に就職した。
多くの職業カウンセラーによれば、同社は、母校であるウエスレニアン大学のような無名大学の卒業生が就職できる会社ではない。しかし、ニューヨークで社会生活を送りたかったので、同社に応募し、一流大学の卒業生たちと競うことにした。面接の間は震え上がり、息継ぎをするためにトイレに駆け込んだくらいだったが、なんとか恐怖心を抑えることができた。その数ヶ月後、同社に入社し、ニューヨークに移った。
【挑戦3 その会社を辞める?】
しかし入社してから数年後、本当にしたいことは、小さな会社で働くことであり、将来は自分の会社を経営することだと気づいた。待遇のいい安定した会社を辞めるのは不安だったし、知人や友人も、そんないい会社を辞めるのは気が狂っていると言った。
しかし、ある朝目を覚ましたとき、今辞めなければ、この先ずっと辞められないだろうし、本当にしたいことをする機会にも2度と恵まれないと思った。
わたしは思い切ってその会社を辞め、その後数年間はいくつかの小さな会社で働いた。うれしいことに成長した会社もあり、中には失敗した会社もあって、多くの痛ましい教訓を学ぶことになった。浮き沈みはあったものの、重要なことは、リスクを冒しながら人生を最大限生きていたことだ。そして、それ以上刺激的なことはなかった。
【挑戦4 (アパートの中では)ビジネスを立ち上げることはできない】
自分の商品を一から作るという願望は消えてなくならなかった。
そこで出版社を立ち上げることに決めた。わたしは、会社を経営するということ、立ち上げるだけでどれだけの時間と労力とお金が必要かということ、莫大な広告費が使える大手出版社と競うことがいかに大変かということを知らなかった。
ある意味では最初にあまり多くのことを知らなかったわたしは幸運であった。でなければこの挑戦は難しすぎると思っただろう。知りすぎると怖じ気づくことを知っていたので、とにかく始めることにしたのだ。
挑戦して失敗するほうが何もしないよりはマシである。今でも毎日が戦いだし、思いもかけず大変な思いをする日も多い。しかし、この世に生み出してきた本の数々を見返し、一から作り上げたことを思い出してみると、自分でもよくやったと思う。
【挑戦5 本を出版したことのある人だけしか出版できない】
わたしのもっとも新しい挑戦は、本書の出版だ。こればかりはさすがのにわたしも怖じ気づいた。わたしは、1冊も本を出したことのない人にとって本を出すことがいかに難しいかについて書かれた記事をたくさん読んだ。また、代理人や出版社を見つけることはさらに難しいという記事も読んだ。さらに、本を書くのに1年、出版してくれる出版社を見つけるのに5年かかったという作家の話も読んだ。気が滅入るとは、まさにこのことである。しかし、わたしはずっと前から作家になることを夢見ていたので、自分に挑戦を課し、出版社に売り込んだ。
わたしは、経験を通して学んだことをお話しするために本書を書くことに決めた。
人生を最高に生きるためには、自分に挑まなければならない。
あなたがこの本を手にしたのは、人生が思いどおりにならないとか、仕事がうまくいっていないからかもしれない。あるいは、もっと充実した人生を歩みたいからかもしれない。いずれにしても、この本をきっかけとして、より充実した、より楽しい人生を歩んでほしい。人生から満足感・充実感を味わう驚くべき力が自分に備わっていることに気づいてほしい。
もっとも重要なことは、思い切って何かをすることである。
もっと勇気をもって、今、この瞬間、最大限のものを引き出してほしい。困難なことであれ、リスクを冒すことであれ、まったく新しい挑戦であれ、より充実した日を送ることであれ、第1ステップは自分に挑戦を課すことである。あなたに代わって第1ステップを踏んでくれる人はいない。勇気を出して踏み出してほしい。
2006年04月21日 17:13| 個別ページ
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