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音曲祝祭行 - 大木雄高

『ラストワルツ』を踊り続けたいのだけれど

 前号に続く。予定通り去る6月20日、北京に出掛けた。六年間続いていたイタリアンレストラン&バーが開発局から退去命令を受けたので、止むなく閉めざるを得なかった。昨年内もいつ通達がくるかといった不安の気配はあったのだから半年後なので諦めるしかなかった。何てったって恐い一党独裁人民政府に誰が逆らえようか。それでパーッと閉店パーティーをやろうということだった。ノースウエスト機が空港に着くと夜の十時半は廻っていた。迎えに来てくれたパートナーの藤崎森久の車で、市街の中心の工人体育場脇のホテルに着くと十一時半だった。車中で彼が言った。「昨日水道が止まりました。で今日は電話が止められました」と。「おいおい、強制ってったって契約は六月一杯生きてるだろう!?」と俺。北京オリンピックが終わるのを待って開店した工体の店に顔を出すと、初対面の泊義人シェフと日本への留学体験のある心強い女番頭の 朝が片付けで居残っていて一瞬ホッとしたが、明日のファイナル・ナイトは心配そうだった。電気が止められたらろうそくで通夜パーティーでも始めるのか? とはいえ、北京で数日落ち着くためには、こんな時間はまず一杯だ。最近良いバー出来たというので南三里屯の「GLEN」というバーに行く。町場でこれ程本格的で整ったバーは北京で始めてじゃないのだろうか。と思わせた。銀座出身の日本の26歳の若者が黒服で店長バーテンダーをやっている。聞けば中国語をまったく喋れないと言う。頼もしくなってダイキリ他数杯を飲る。日本の若いバーテンダーが飯田君に続けば良いのに。

 翌夕方七時過ぎ、貿易センタービルなどがあって凄い勢いで開発の進んでいる国貿という町のはずれにある「ル・カフェ・イゴッソウ」にタクシーで近づくと、周辺は瓦礫の山状態だった。隣にあった倍近い広さの割烹だった「ジャズ屋」経営の「飯屋・橋場」も跡形もない。裏手に天津や遠く大連、瀋陽、長春行きの中国鉄道が走っている「ル・カフェ・イゴッソウ」だけが、まるで戦禍に倒壊せずにポツンと一軒取り残されて薄暮の中に佇んでいて、映画のワンシーンのようだった。次々とテーブルに運び出される藤崎森久オーナーシェフの大皿料理。きりがないのは料理はイタリアンでも中華の国の習いなのか。昔、『バベットの晩餐会』(ガブリエル・アクセル監督)という名画があった。海ガメのスープやウズラやキャビアは無く、アモンティラードや1860年ヴィンテージのヴーヴ・クリコも無いが、天津港で水揚げした銀ダラや魚介はある。カリフォルニアやオーストラリアのシャルドネやメルロに混じって、ピエモンテのガーヴィやネッビオーロだってある。百元(1,500円)パーティーで『バベットの晩餐会』はちょっときついだろう。いつの間にか映画『ザ・バンド/ラストワルツ』(マーチン・スコセッシ監督)のテーマが聞こえてきて、


参席者がグラス片手に皆でワルツを
踊っているかと夢想すると、
何と贅沢な時間に思えてくるのだ。
午前一時、六年間劇場の幕は降りた。



 翌22日午後、車で三里屯に出掛けた。三里屯は東京でいえば六本木のような街で、西洋人や日本人客が一番多く訪れるメルティング・ポットだ。だがひとつ裏に入れば、胡同(路地)があって古い北京市民の生活の匂いもする。その北の一角が又また再開発の波に覆われていて、広大なブロックを〈三里屯ヴィレッジ〉と名付けている。ヴィレッジの建物は総て日本の建築家隈研吾の設計デザインによるもので、そのヴィレッジの管理会社(勿論大家は国だ)から藤崎総経理に連絡があって、「こちらの審査基準でテナントを選んでいて、一般応募は出来なくなっています。是非入って戴けませんか」ということだった。へーえ、選んでもらって光栄なこったが、でも立ち退き喰って金失って、どうやって練金術を編みだせってんだ? 案内されるままに内覧すると、総てのビルは四・五階止まりの低層ビルで他所の街のような超高層ではない分感じは良い。だがテナントは総て350m2から小さくて200m2だ。約百坪が目安なのだ。


国に退去させられて、
その翌日別の国に招かれるそのタフさは、
中国に住む限り必要なんだという
驚くべき認識を迫られる。



 実は往路の機内でインフルエンザ患者が発生したからか、罹病の疑いをかけられたらしい俺は当局の捜査をかい潜るはめになっていた。24日北京空港の出国手続きを終えてひとり安堵したが、マーロウじゃあるまいし、そんなタフの押しつけは金輪際ご免蒙りたいのだが。
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2009年07月03日 11:02

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