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音曲祝祭行 - 大木雄高

『浅い眠り』の街下北沢にて候

 現在下北沢で計画されている国交省、東京都、世田谷区による三位一体の都市計画、連続立体交差事業は、私企業の小田急電鉄の地下化工事の厖大な費用の殆ども、地下に眠る道路特定財源(ガソリン税、自動車税)で賄ってしまう奇妙な代物である。今は小田急線の工事以外、この評判の悪い計画は何一つ着工されず鳴りを潜めている。だが2002、3年に発表されて以降、地主や借地権者としての大家と借家人及びテナントとの間で、数多くの個別的な争いが生じている。それは道路計画や駅のバスロータリー広場に入っていなかろうが関係なく、街全体が地区計画や規制緩和に覆われ、機敏に足下を狙った大家や不動産屋が、個別ビル再開発や家賃を高騰化するために立ち退きを強制し始めたからだ。行政に踊らされた哀れな拝金主義者らが、自らの街を壊そうとしている。

2005年5月13日、建物明け渡し請求の民事裁判で、原告側の大家の弁護士が降りた旨の電話を被告側の借家人から受けた。俺の旧知の借家人青柳哲は、昭和三年、親の代から二代に亘って住み続けていた借家人で、昨今の二、三年契約で更新する関係とは事情が違っていた。にも関わらず明け渡し請求事件を起こされる始末だった。彼の孫借りを含めて四人の被告人つまり住人が、続けて住むには廃屋同然の木造家屋を建て直す必要があり、そこで背中合わせの「レディ・ジェーン」に彼が相談にやってきたのが事の始まりだった。建物は倒壊の危険物に指摘されても当然だったが、大家は建て替える意志は全くなくて、借地借家法によれば大家の同意なしに建て替えることは出来ない。あまつさえ二束三文の金で追い出しにかけられた。裁判は暗礁に乗り上げて先方の弁護士は降りたのだ。
 相談を持ち掛けられていた俺は構わずことを進めた。地下一階、地上三階の構想だったが、裏の二軒が閉ざされてしまう。青柳哲が話を持ち込むと即刻等価交換に同意して80坪の広さになった。大家は金が欲しいだけでその土地をどうするなどという発想は、これっぽちもなかった。一階はコンビニにでも貸して返済に当てようと言う青柳哲を制して、俺は映画館や大人の為のライブ空間を構想して、友人の建築家石井勉に設計を依頼した。住居権利を持つ五世帯に、百名の映画館と一つのライブ空間、二つのテナント空間が確保されて委員会方式の管理運営会社の必要性を思った。同様に立ち退きを突きつけられていた「レディ・ジェーン」の移転先のことも念頭にあったが、「シネマアートン下北沢」の映画館運営も、二年目を迎えて面白さも実感しつつあったし、


何より劇場とロック系に傾斜した
ライブ空間だけという街のあり方に
異論を持っているからだ。



 劇場もライブハウスもこれ程下北沢に一点集中するということは、文化芸能表現と金を秤に掛ければ、もう金というしかない。そこに集って来る連中をあて込む大型チェーン店や不動産屋がはびこり、益々奥行きを無くして剥落されていく街にどうやって楔を打ち込もうか。裁判の方は裁判官によって調停に持ち越されたが、半年に一回程の緩すぎるペースで二年が過ぎ、青柳哲は肺ガンに罹った。08年の年明け、今後は弁護士と連絡をとり合ってくれとの手紙を寄こして、故郷の札幌の病院に入院治療のため帰って行った。大家は神奈川県に長く住んでいて、下北沢のことも人の命のことも多分どうでも良いので、高く転売するための立ち退き以外動こうとしない。青柳側の弁護士も相手が動かないので動けないと言う。俺はいつの間にか、某区議会議員から「地上げをやっている奴」と汚名を着せられた。そして同じ年の初秋の或る日、札幌に住む娘から「父青柳哲は亡くなりました」と訃報を受け取った。享年66歳。
 こちらの目論みはすべて海の藻屑と消えてしまい、故人となった青柳哲が半世紀は住んだであろうあばら屋は、住む人とてとっくに無くて、隣の信号のある角地も建て壊されたものだから、遠目にも素っ裸でその醜態を晒しているのだ。〈風の中に震えて瞬く星のように・・・浅い眠りにさすらいながら街はほんとは愛を呼んでいる〉音痴だった彼が歌う事はなかったが、好きだと言っていた中島みゆきの『浅い眠り』が聞こえてくる。


下北沢に居る限り、
日に五回も十回も通り過ぎるのだよ、
そこを。浅い眠りは一年中続くって訳さ。


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2009年08月12日 11:12

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