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音曲祝祭行 - 大木雄高

シューベルトの「あすなろ」を歌えと言われてみてもも

昨年の暮れの或る日、下北沢の我が家の狭い門扉のそばに立っていた檜葉の木を伐った。6メートル程に伸びて隣の家の窓をこすっていたのが気になっていた夫人が、「枝だけ伐れば良いじゃないか」と言う俺を制して、幹も枯れているからと根元からバッサリ伐ってしまった。男はこんな時いつも逡巡する。家を立てた時、彼女の実家から植樹した木で、約28年も共に住んでいたからだった。女は潔いね。生む能力を持った生物の本能なのか?檜葉の木は檜の一種であすなろとも言う。

 去年、池澤夏樹がNHKのETVで一枚のゴーギャンの絵「我々はどこから来たのか? 我々は何者なのか? 我々はどこへ行くのか?」という1.59×3.74mの巨大絵を何時間も前にして、「わかった」という終らない答えに窮していたのを思い出した。文明や文化が進化したと言われる現在の世なのに、何故これほど閉塞感に襲われて歓びの見いだせない現代なのか? 学者が<100年の危機>だという。

だけどそれ経済の事だろう。テレビのバラエティ番組はみな賞金がらみの拝金ものばかりだし、ニュースも新聞もやれゴルフの賞金王は誰、最年少賞金王は誰、野球の誰が何億で更新したと公害を垂れ流す。それほど他人の金が気になるのだろうか? 周りを見ろよ、政治家だって金まみれで人の精神や魂は廃品になって久しいじゃないか。音楽も映画も「1Q84」も何の力になりゃしない! 小室哲哉など、執行猶予中に出した本「罪と音楽」で「音楽の価値は数字で計測できる」とiPhone3GSが三日で100万台発売したのを例に上げてのたまわっているのだから、

もはや<回収不能>でしょう。
個人攻撃ではない。
世の中の一億人の小室哲哉に言っているのだよ。

 あすなろは明日は檜になろうと言って生きる木だ。井上靖の小説に「あすなろ物語」という小説がある。田舎で育った少年が周りの大人に鍛えられながら、成長して行く姿を健やかに描いた小説だが、堀川弘道監督で映画化もされている。脚本は何と黒澤明で彼の精神性の奥底がよくわかる。少年は小学三年生の頃、大学生にあすなろの木と謂れを教えてもらい、以降「明日なろう、檜になろう」と考えて生きるようになる。それは日本が敗戦後、お題目を唱えながら高度経済成長に向かった考えにそっくりではないか。あすなろには檜にならずあすなろのままで考え続けろという教訓も有るみたいだ。ところが金を求めて必死に頑張った日本人は、衣食住足り過ぎて金余らせて檜に成り上がってしまい、幹までも枯れさせてしまったようだ。

 2004年年の10月10日の深夜、突然見知らぬ浦野玲子という中年女性から電話がかかって来た。聞けば、月例で発行している音楽の通信誌に連載している俺のエッセイを読んだばかりの彼女が、森崎東監督を囲む会に呼ばれたら、監督が俺が書いた当人の沖山秀子を連れて来たので、思わず吃驚してエッセイをバラしたら、沖山秀子にまたライブをやりたいと言われたのでどうでしょうかとのことだった。68年今村昌平監督の「神々の深き欲望」で鮮烈デビューして、女優になり小説も書きジャズ歌手にもなっていたので、82年に「レディ・ジェーン」でライブを二回やった事などに触れていたエッセイだった。22年振りだったので、「よしやろう」と口では言いつつも失礼ながら「生きていたのだ」と思った。そして以前から思っていた事だがその時更に、彼女は<あすなろ>なんだと思った。あすなろと言っても、かって恐喝事件に傷害事件、自殺未遂は数度に及び、果ては精神病院の入退院を繰り返しながら、いつの間にか忘れないでなっているあすなろである。満身創痍だが豊満な肉体と原始宗教性を発して、存在感が周辺にはみ出しているあすなろである。井上靖的と言うか、黒澤明的と言うか、いかにも旧文部省好みのシューベルトの『菩提樹』と同じ『あすなろ』という歌は、裸足で逃げ出してしまうあすなろでもある。年空けた05年の1月9 日、ライブはやった。 昨暮れに伐った直後、梵語の大家松山俊太郎を師と仰ぐ友人の庭師に、あすなろの件を言うと、

「木への向かい方と愛情の注ぎ方には個人差が或る」と、
枯木も向かい方いかんだと言われた。
とまれ、あすなろの無い元旦を迎えた。


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2009年12月25日 10:57

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