音曲祝祭行 - 大木雄高
小判で面張る今様下北沢
今日3月1日の新聞の一面に、「渋谷、新宿などで大勢を誇った老舗家電量販店の『さくらや』が閉店した。」とあった。その前日の2月28日、「レディ・ジェーン」の音響ミキサーが故障して、修理に出しようが無い。昔だったらその店の契約サービスマンが飛んで来た。出しようが無い訳ではないが、購入した価格ぐらい修理代を取られる。そしたら新品を買ってしまうだろう。量販店の生命線は低価格にあって、メーカーと一連の〈低価格戦争〉に負けたのだ。安い物を買わされて、すぐ故障して、捨てれば産廃が山をなす。尋常な営みだろうか?
2010年が二か月経って、ますます揃ってない下北沢の街並みには空き室になったままの物件が一年以上も放置されている。それは家賃高騰で契約更新出来なくて空になった物件もあるが、行政の再開発計画を受けて、先んじて建てた五〜七階建てのビルは殆どスケルトンと化している。下北沢の四十四年間を知る者にとってあり得なかった空洞化現象だ。二月一杯で出て行けと言われていた「レディ・ジェーン」も、情勢を察知した大家から「ビルは建てない」と言われ、数年間の命拾いをした。命乞いはしていない。勢いがあるのは工事音と高い鉄塀ばかりだ。それでも開業資金を持っている企業がやってきて、超破格値展開で居酒屋競争に〈量〉で参入してくる。そして数ヶ月で見切りを付けて、ビール一杯180円だった安い品格と低い銭虫を残して去っていく。下北沢は空疎で品のない落ち着かない街に下向して行っているようだ。高かろうが安かろうが、人はすべて〈金〉に縛られているのに変わりはない。
ものの言い様であるが、ここ数年の構造不況の中で、〈演劇〉を観る人より〈演劇〉をやる人の方が多い。〈音楽〉を聴く人より〈音楽〉をやる人の方が多い。〈映画〉を観る人より〈映画〉を創る人の方が多い。表現に向かうことは勿論けしかける方だが、歪んだデフレバブルは錆びのほうを多く産む。〈演劇〉の街と〈音楽〉の街と下北沢は二つも引き受けていて、〈居酒屋〉の街とも連携して、低価格と低品格がしのぎを削って、まるで街が若松孝二の映画じゃないけどキャタピラーの様に行進している。上げ底の弁当にひと箸で底が見えても、喜んだり悲しんだりするのは恐ろしいことじゃないか。文化人たちよ、お願いだから〈文化〉の〈産廃物〉を大量生産する街を
「サブカルの街=下北沢」等と
言ってほしくはないのだよ。
「シアターガイド」という演劇ガイド誌がある。発行編集人の伊藤芳樹とは下北沢で仲良くなった。2005年十月の或る日、その彼から「演劇の人と誌上対談をやってくれ」と電話があって、俺は石田えりを選んだ。最初に彼女の芝居を観たのは87年、松田優作を誘って行った本多劇場の『ブルーストッキングの女たち』だった。その当時の下北沢の連夜に及ぶ風体から侃々諤々話は始まったのだが、石田えりはその後も下北沢の劇場には何回も立っていて、なかなか街に詳しい。街に詳しいということは酒場に詳しいということでもある。俺たちの間には必ず酒が介入した。と言っても酔っぱらうだけではない。席上彼女は「お酒のことを英語で”スピリッツ“って言うでしょ。やっぱり”魂“の部分が出ると想うの。いろいろな感情を増幅させてくれるっていうかな」などと言って芝居と酒を関連ずけて、130種のハーブで醸したリキュール、シャルトリューズのことを喋っているのである。『真情あふれる軽薄さ』とは劇作家清水邦夫の作品だが、人も演劇も酒場も街もそんな空気で包まれでいたような気がしている。軽薄さも重かったのだ。と言って懐かしんで昔話をする暇はない。対談当時の五年前にしても今のように荒んではいなかった。だって対談を終えるや否や、伊コース料理とワインのリストランテを目指したのだから。
05年に、代沢三丁目まで足を伸ばした東演パラータを加えて、八館あった劇場は今は更に二館増えて十館を数える。それらが一年365日活況を呈しているのは華やかで良いことだろうが、優先順位を〈表現〉より別の物においている精神性が透けて見える。
〈心技体〉が〈金〉で買えれば
一石二鳥ということなのか?

2010年03月05日 11:07
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