音曲祝祭行 - 大木雄高
「上海帰りのリル」はピカレスクの匂い
遅れていた当音曲祝祭行の執筆のために、やや早起きした6月1日の朝朝刊を拡げると”中国で民主化運動が武力弾圧された1989年の天安門事件から、今月4日で20年を迎える“とあった。改革派の胡耀邦、元総書紀の死で火が付いた民主化運動は百万人規模に膨らんだが、トウ小平主席は軍隊を出動させて鎮圧した。例によって死者の数の実体は不明だが、指揮した学生リーダーたちは海外へと亡命したり欧米との外交取り引で釈放されたりしたが、下級労働者たちの多くは、武装警察のビデオテープを破棄した程度で死刑や無期懲役判決を受けた、世界を震撼させた事件だった。八九年は秋にベルリンの壁崩壊や東欧の共産主義瓦解を見た苛烈な年だったことも、一瞬で甦ってきたが、昨晩、北京に電話を入れて、
北京行きの日程を整えた
ばっかりのことだったので、
何じゃらほいの気持ちだった。
『明日という字は明るい日と書く』のですか?
先月の四月四日に、神奈川県相模原にある臨済宗常福寺の恒例行事「死を想え=メメント・モリ」という催しが行われた。午後一時から三人の講演者による話が始まって、最後のパネルディスカッションが終わるのが五時半頃。一時間の休憩を挟んで音楽ライブが始まるという長い一日の催しは、終演後、客と一体になって酒を飲み弁当を食してやっと終えた。企画制作と人選の手伝いを毎年六・七年続けているが、因みに今年の出演者は柳田邦男と窪島誠一郎、筒井ともみの三名の講演者、ミュージシャンは坂田明と世界的に活動した後今は殆ど日本に暮らすジム・オルークだった。又もや今年も腹蔵のない剥き出しの中味が真摯に語られて、音楽は鳥やたまに通る電車の音と共演しつつコスモス・サウンドで締め括った。

